泳げ!カンボジアの負け犬たち!

ピンチはチャンスだ!胸をはって、泥臭く突き進もう!

time 2018/11/11

ピンチはチャンスだ!胸をはって、泥臭く突き進もう!

スオスダイ!ニャックルーさきです。

また久しぶりの更新になってしまいました。。

 

日本からカンボジアに戻ってきて約1か月。

この一か月、本当に激動の1か月でした。

色々ありすぎて自分でも整理できず…頭も気持ちも、周りのスピードについていくのがやっと、
というか、ついていけてないくらいです(笑)

 

でも、きょう、この気持ちをきちんと言葉にして残しておきたいと思い、
今こうしてパソコンに向かっています。

頭で考えず、想うままに出てくる言葉をタイピングしていきたいと思います。

いつも以上にむちゃくちゃな文章になってしまうかと思いますが(笑)
お付き合いして頂けますとうれしいです!

 

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さようなら オリンピックスタジアムプール

 

2018年10月26日
オリンピックスタジアムのプールの改修工事の着工式がありました。

内戦前、国際大会で沢山のメダルを獲得していた時代もカンボジア人選手の練習場所で、
多少の改修工事はあったものの、1966年からずっと、カンボジアの首都の中心で、
水泳選手の聖地であったここ、オリンピックスタジアムプール。

52年前に派遣された初代隊員の中村さんも、
それよりもっと前に日本水泳連盟から直接派遣されていたワタナベさんも、
20年前に協力隊員として私のカウンターパートを指導していた柴田さんも、
国境を越えて、日本の”水泳”を、カンボジア人に、伝えてきた場所。

そして、私が、2016年1月からこの日まで2年半もの間、
だいすきな選手たちといっしょに、
たくさん泳いで、たくさん笑って、たくさん怒鳴って、たくさん泣いた青春の場所。

ろ過機もまわってないし、そのせいでしょっちゅう練習できなくなったし、
スタート台も石だし、5mラインもないし、
コースロープもただのロープで手作りしたやつだし、
この環境に悩まされたことは数えきれないくらいあったのに。

 

 

なんで、こんなに、さみしいのかな。

 

 

改修工事だからここが全くなくなるわけじゃないし、
プールがきれいになったら練習環境も最高だし、
それによって選手人口が増えたり、プールに遊びにくる子供たちも増えると思う。
完成予想の来年の7月が今から本当に楽しみだし。

変化は嬉しいこと、
こんな時代の変化がある瞬間に立ち会えるなんて
本当に幸せなことだと思うんだけど。

 

中村さんが写ってる白黒写真と同じコース台が
無残に壊されている様子を見たとき、

さみしさと切なさと息苦しさと
これから先の不安とプレッシャーで胸が張り裂けそうでした。

 

よみがえる想い出たち

 

ペースクロック作ったり、チャレンジウィークやったり、
全員上がって家帰れ!って怒鳴ったり、
あぁ、このプールで、泥臭く駆けずり回ったなぁって。

 

クメール語伝わらなくてつらかったなぁとか、
上から見てる教育省のお偉いさんたちにバカにされたなぁとか、
選手とふざけてプール飛び込んだなぁとか、
全員自己ベスト出してあの笑顔の写真撮ったのもここだったなぁとか、
これまでのいろんな思い出がいきなりフラッシュバックして。

 

 

私だけでなく、
中村さんもワタナベさんも柴田さんも、
きっと同じように夢を追いかけていたこの場所。

 

当たり前に泳げていた、
ここに来ればみんなに会えた、
夢追っかけてがむしゃらに練習できた。

どんな練習プランも立てられたし、
時間なんてほとんど気にしなくてよかった。

コーチもちびっこも増えて、
ちゃんと資格級やキッズ級なんかができてきて。

 

”2019年、絶対メダル獲るために、ガンガン練習するぞー!!”
って、コーチも選手も、みんなでやっと足並みそろった瞬間。

 

 

”来週までに荷物全部運び出してね”

 

 

これから私たち、どうやって練習したらいいの???

 

新天地での挑戦 でも・・・・

 

新しい練習場所はここからバスで片道45分の位置にあるスタジアム。
とってもきれいなプールで、ここで毎日練習できるなんて最高だけど、
お昼時や夕方の帰宅ラッシュの時間はひどく渋滞する道を通らなければいけないところで、
渋滞に巻き込まれたらふつうに1時間半はかかる。
練習の行き帰りの時間はちょうどその渋滞の真っ只中。

 

しかもそっちのプールは管轄している上がオリンピックスタジアムとはちがうから、
プールスタッフの終業時間である夕方5時にはプールを出なきゃいけない。

 

選手たちのほとんどは学生。
学校が終わるのは夕方5時。

 

午前中だけ授業の子は来れるけど
授業が午後にある子は来れない。

 

”ニャックルー、私絶対東京オリンピック出たいんだ!”

って言ってきた16歳のレアは、受験生のため1日授業。

 

 

他にも授業のため練習に行けない選手は10人以上いる。

 

たとえその選手たちのために市内のプールを借りられたとしても、
私が新しいスタジアムでの練習が5時に終わってから市内に戻るまで1時間半。
有力候補であがっているプールは、市内からまたさらに30分ほど離れた場所。
夜7時半くらいからの練習を、選手の保護者は認めてくれるのか…
そもそもそんな時間に(カンボジアの夜は早い)プールなんてあけてくれるのか…

つーかそれ以前にそんな移動だらけで私の体力は持つのか…。。。

 

 

全部、”仕方ない” 問題なんだけど。
”仕方ない” の一言で片づけられてしまう問題なんだけど。

人生懸けてここにいるのに。
夢叶えるために戻ってきたのに。

 

だけど

 

”仕方ない” の一言で、
東京オリンピック出場!っていう大きな素晴らしい夢を あきらめたくない!!

 

prideを胸に 自分らしく突き進む

 

”可能性は無限大!”ってコーチが選手に教えてきたのに、
大人の都合で練習できない?それが理由で夢をあきらめる??

 

そんなの、許せない!!!!

 

 

あーだこーだ考えて
”ピンチはチャンス!”なんて言い聞かせながらも
うじうじうじうじ 落ち込んだりしてたけど。

 

木曜日の夜。
新しいスタジアムでの練習を終えたあとの帰り道。

久しぶりに邦楽を聴いてたら現役時代大好きだったGReeeeNの “pride”って曲が流れた。

 

歌詞をひとつひとつかみしめていたら
胸がぎゅーーーーって苦しくなって
なぜか隣に選手がいるのに涙が溢れそうになった。

 

 

”どんなに悔しい時でも 立ち止まる自分が苦しい”

 

 

忘れてた、こういう気持ち。
恥ずかしくなるくらい、熱苦しくて、泥臭い自分。

 

”仕方ない” とか ”カンボジアだから” って言い訳して
あきらめることも必要か~とか、数パーセントでも思っちゃってた自分。

そうだ、自分は、そんな人間じゃない。
そんな考え方ができるほど、器用じゃないし、大人じゃない。

 

どんなに考えたって状況は変わらないし
うじうじしてたって時間の無駄だし

なによりも、この道で頑張るって決めたのは、他の誰でもない自分だ。

 

 

”この子たちの夢と可能性を、誰よりも最後まで信じ抜く”

ってあの日誓ったから。

 

 

 

人生懸けてここに戻って来た理由は?

 

先人の想いを受け継いで、”ヘッドコーチ”として、ここに立っていられるということ。
それは当たり前なんかじゃなくて、
全世界の全人類で、私にしかできないこと。

カンボジア水泳連盟っていう ちっちゃな場所だけど
私にとってかけがえのない居場所で
国も言葉も違うけどみんな大事な家族で

そうだ、この家族のために、少しでもなれたらって。
この家族の夢を少しでもお手伝い出来たらって。

そして、この大切な家族の笑顔をみたくて、
みんなで抱いた大きな夢を叶えたくて、
だから戻ってきたんだ。

 

 

 

 

 

”あの日描いた夢と ここまでこれた誇らしい自分もいる”

”あと少し手を伸ばしたら つかめそうだろう”

”信じてる 僕らの輝きを…”

 

 

 

 

自分で決めた道。最後まで信じ抜く!!!!

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プロフィール

生山咲

生山咲

1992年7月7日生まれ 母の影響でベビースイミングから水泳を始め、大学卒業まで22年間競技生活を続ける。 大学水泳部では女子主将を務め、2014年9月の日本学生選手権を持って現役引退。 2015年3月に東海大学教養学部国際学科を卒業し、平成27年度3次隊でJICA青年海外協力隊としてカンボジアに水泳隊員として派遣される。KHMER Swimming Federation(カンボジア水泳連盟)に配属され、ナショナルチーム及びユースチームの選手を指導中。



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