カンボジア通信~夢に向かって泳ぎ続ける選手とニャックルーの話~

元スイマーが青年海外協力隊としてカンボジアで全力疾走!2016年1月~2年間の活動の様子を綴ります

ドーバー海峡を二度横断した母が、海峡横断泳に挑戦する人をサポートする【KKOMPASS】を設立しました

time 2016/11/28

ドーバー海峡を二度横断した母が、海峡横断泳に挑戦する人をサポートする【KKOMPASS】を設立しました

カンボジア青年海外協力隊 水泳隊員のサキ(@khmer_swimming)です。

皆さん、海峡横断泳ってご存知ですか?

海峡横断泳とは、その名の通り、海峡を泳いで横断するチャレンジのことです。
(説明になってねぇ)

今日は、そんな海峡横断泳のお話です。

ドーバー海峡横断泳

国際的に最も一番有名な海峡横断泳は、ドーバー海峡横断泳でしょう。

直線距離34kmというきわめて狭い海峡であるがゆえに遠泳のコースとしても有名であり、昔から世界中のスイマーの憧れの海となってきた。ドーバー海峡横断泳の達成者は「チャネルスイマー」(Channel Swimmer)と呼ばれる[1]。公認・後援団体は「チャンネルスイミング案内連合」(Channel Swimming & Piloting Federation、CS&PF)と「チャンネルスイム協会」(Channel Swimming Association、CSA)の2つがある。直線距離は約34kmであるが常に南西から北東へ流れる潮流が速く実際に泳ぐ距離は約50〜60km程度とされ、冷たい水温、夜を徹して泳ぐことになる精神的疲労などのさまざまな障害があり、単独横断泳の成功率はかつては約10%という困難な挑戦だった。データ解析やスイマーの技術向上により成功率は上がったが、現在でも60%程度である。また、記録が公認されるのは水着のみを着用し己の力のみで泳いだ場合のみで、ウェットスーツを着用したり何らかの補助を用いた場合は公認されない。

引用:Wikipedia

上記にあるように、海峡横断泳には様々なルールがあります。

ドーバー海峡は、水温が非常に低く、真夏でも16℃程度と言われています。
でも、ウエットスーツは禁止。たった一枚の水着で臨まないといけません。
その水温に長時間耐えるには、アザラシやアシカのように、体脂肪が必要不可欠。
チャレンジャーは皆、準備期間にあえて体重を増やします。
上記以外にも、スタートからゴールまでは船にタッチしてはいけないなど、とにかくシビアな挑戦です。

 

日本でその名が知れ渡ったきっかけは、1997年に放映されたテレビ番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』の企画
「ドーバー海峡横断部」と言われています。
この企画内で、内村光良、ウド鈴木、濱口優、堀部圭亮、神尾米、藤井貴彦の6人がリレーでの横断泳を達成しました。

 

実は、タイトルにある通り、私の母は2001年と2008年の2回に渡り、このドーバー海峡横断泳を成功させています。
2001年はドーバー海峡リレー往復横断泳に、2008年はドーバー海峡単独横断泳でした。

2001年のリレー横断の時は、まだ私も幼かったので記憶が曖昧ですが、
2008年の単独泳に向けての挑戦の様子は、今でも鮮明に覚えています。

年齢なんて関係ないと、夢を叶えるために、家事や仕事をしながらトレーニングに励み、
「主婦だから」「母だから」
ということを逃げ道にすることなど全くなく、
むしろそれを強みに、母はいつも前向きにトレーニングに励んでいました。

イギリスへと旅立つ日、駅まで見送りにいきました。
命を落とす可能性だってある挑戦だということは、当時高校生だった私は十分に理解していました。
でも、あの駅での母の自信満々な姿をみて、
「お母さんならぜったい大丈夫だ」と、私まで自信を持てました。

 

チャレンジ当日、父がリビングにパソコンを何台も広げ、
45分ごとにサポーターと連絡を取り合い、GPSを使って経路を地図上に記して…
私と妹、そして父も、3人でずっとそわそわしていました。

チャレンジ成功の連絡が届いたとき、
嬉しくて涙が止まらなかったことを今でもよく覚えています。

娘として、こんな偉業を成し遂げた母を心から誇りに思っています。

 

当時の話は父の手によってこちらのブログにまとめられています。
リアルタイムでの位置情報だったり、チャレンジ前後の母や父の心境など…
興味のある方はぜひご覧ください♪

 

久しぶりに読んだら涙出てきた…笑

海峡横断泳に挑戦するスイマーを応援します!!

そんな母が、この度新しい事業を始めました。
かつて母が描いた夢と同じ夢を持つスイマーたちをサポートする目的で設立されたKKOMPASS(コンパス)。

世界7大海峡(Ocean’s7)のひとつに日本の津軽海峡が選ばれた事や日本人によるドーバー海峡チャレンジがTV放送された事などから海峡横断泳が身近に感じられ、海峡横断泳に憧れるオーシャンスイマーも増えてきました。歴史的に海峡横断泳の頂点であり憧れであったドーバー海峡はもちろん、遠くイギリスまで行かなくても日本国内の津軽海峡で世界レベルの海峡横断泳に挑戦できる時代になったのです。
しかし海峡横断泳ともなると実行に移すには敷居が高いものです。オープンウォータースイミングの大会やインドアプールでの練習で泳力が高いスイマーでさえ、海峡横断泳に必要となる経験を積む事は大変です。
海峡横断泳に必要な経験 ー 潮流、低水温、長時間泳、ナイトスイム、補給、、 おそらくほとんどの方がどうやったらいいのか見当もつかないのではないでしょうか?

我々は「海峡横断泳が目標、だけどやり方がわからない…」といったスイマーを応援します!

引用:KKOMPASS

 

母は私が幼いころからずっと、私の夢を応援してくれました。
いつも背中を押してくれました。

そんな母の新しい夢を、今度は私が応援したい。
異国の地にいて、母がこんなことを考えていることも知らなかったけど、何かできることはないかな…
そんな思いをカタチにするべく、今回この記事を書きました。

 

この記事が、夢を繋ぐ場になることを願って。

 

詳細・お問い合わせはこちら↓まで!!

おまけ

実は明日、
このスーパーママが、
カンボジアにやってきます!!!笑

気を付けてきてね♪

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自己紹介

生山咲

生山咲

1992年7月7日生まれ 母の影響でベビースイミングから水泳を始め、大学卒業まで22年間競技生活を続ける。 大学水泳部では女子主将を務め、2014年9月の日本学生選手権を持って現役引退。 2015年3月に東海大学教養学部国際学科を卒業し、平成27年度3次隊でJICA青年海外協力隊としてカンボジアに水泳隊員として派遣される。KHMER Swimming Federation(カンボジア水泳連盟)に配属され、ナショナルチーム及びユースチームの選手を指導中。