泳げ!カンボジアの負け犬たち!

大好きなみんなへ。協力隊活動最後の日に書いた手紙

time 2018/06/08

大好きなみんなへ。協力隊活動最後の日に書いた手紙

ねぇみんな。
2年前、私達が初めて会った日を覚えてる?

 

カンボジアに来て、あまりの暑さに私は一人でオリンピックスタジアムのプールを訪れ、
一人初泳ぎを楽しんでいました。

そんなとき、一人の選手が声をかけてきました。

”もしかして、新しいボランティアの人?”

 

ビート板もコースロープもペースクロックもない、緑色の水をしたプールの中で、
ただただ純粋に水泳を楽しんでいる、キラキラした目を持つみんなをみたとき、

自分が沢山のコーチたちに信じてもらえたように、
私もみんなの夢と可能性を最後まで信じ抜くと心に誓いました。

 

選手として水泳をやる時間なんて、長い人生のうちのたった数年。
そのあとの人生で残るのは、結果ではなくて、本気でやった水泳を通して何を学んだか、だと、
ニャックルーは思います。

生まれた家庭によって人生がおおよそ決まってしまっているこの国だからこそ、
水泳を通して、可能性は無限大だってことを、信じられる人になってほしい。

そういう選手を育てられるニャックルーでありたいと、いつも思っていたよ。

 

ニャックルーずっと言ったよね。
”可能性は無限大” って。

”The Sky is the Limit! ”
毎日渡す練習メニューの端っこに書いてあったこの英語の意味、
みんな知ってたかな?

 

ニャックルーはね、今のみんなよりも泳ぐのがへたくそで、
センスも持久力もなくて、練習はいつもヘロヘロだったんだよ。

それでも、大学四年生まで精一杯水泳をやりきれたのは、
沢山のコーチたちが私の可能性を最後まで信じてくれたから。

 

だから、ニャックルーも、
自分を育ててくれたコーチたちのようなコーチになりたいと、想い続けていました。

 

クメール語も下手くそだし、怒っても怖くないし、コーチの経験があるわけでもない。

自信持て!ってみんなには言っておきながら、心の中では不安ばっかり。

それでも、可能性は無限大だってことを彼らに伝えられるのは、私しかいないと2年間ずっと思っていました。

 

だから、いつも全力で向き合ったし、いつも全力でみんなのことを信じていました。
それだけは、胸張って言えることです。

この2年で、思い描いていたニャックルーになれたかどうか、
みんなに私が伝えたかったことが、本当に伝わったかどうかはわからないけど、

みんなを信じる気持ちがあったから、ここまで走り抜けることができたと思っています。

異国の地で、こんな熱い想いにさせてくれたみんなに、心から感謝しています。

 

ニャックルーの家族や友達、大事な人はね、みんな日本にいるんだ。
でも、なんであと2年カンボジアにいるって決めたと思う?

 

それはね、
みんなが今描いている夢は、
それだけのことを犠牲にしてまでも懸ける価値があるんだよ。

 

叶えようよ、その夢。
メダル獲ろう。オリンピック行こう。

その夢を叶えるためだけに、
ニャックルーも、全てを懸けて、カンボジアに戻ってくるから。

 

みんなの夢が、今、ニャックルーの夢でもあるから。

 

みんながメダルを取る姿を、東京オリンピックに出る姿を、この目で直接見たい。

みんなが描いている大きな夢を、一緒に叶えたい。

 

この2年間、ニャックルーがカンボジア水泳連盟に求められ続けたことは、何も成し遂げられていないから。

求められている『結果』を出すためだけに、また戻ってきます。

 

カンボジアに来て、みんなに出会えて、
そしてみんなが描く素晴らしい夢と、
その未来に溢れる希望に出会えて、

 

ニャックルーは幸せです。

 

本当にありがとう。
これからも一緒に頑張ろうね。

 

 

2018年2月6日
ニャックルーさき

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プロフィール

生山咲

生山咲

1992年7月7日生まれ 母の影響でベビースイミングから水泳を始め、大学卒業まで22年間競技生活を続ける。 大学水泳部では女子主将を務め、2014年9月の日本学生選手権を持って現役引退。 2015年3月に東海大学教養学部国際学科を卒業し、平成27年度3次隊でJICA青年海外協力隊としてカンボジアに水泳隊員として派遣される。KHMER Swimming Federation(カンボジア水泳連盟)に配属され、ナショナルチーム及びユースチームの選手を指導中。



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