カンボジア通信~夢に向かって泳ぎ続ける選手とニャックルーの話~

元スイマーが青年海外協力隊としてカンボジアで全力疾走!2016年1月~2年間の活動の様子を綴ります

カンボジアに来て半年の私が、一人で海外遠征の引率をする話~最終章~

time 2016/08/18

カンボジアに来て半年の私が、一人で海外遠征の引率をする話~最終章~

今日、久しぶりにお会いした方に、
”あれ、いつタイから帰って来たの?”
と言われてしまいましたので、
きちんとご報告させて頂きたいと思います。

7月29日深夜、無事カンボジアへと帰国いたしました。
大きな事故も病気もなく帰ってこれて本当によかったです。

しかし帰国後、いや、実は大会期間中に全身に蕁麻疹を出して、
最終日には発熱、空港で一人ガタガタ震え…
完全に疲労でヘロヘロになって帰ってきました笑

健康管理員さんからの助言もあり、
帰ってきてから1週間ほど活動お休みしてました。
選手たちには練習メニューだけ紙に書いて届ける日々で、
なんだか申し訳ない気持ちと、やっぱりどんなに身体がボロボロでも、彼らに会いたい気持ちでいっぱいでした。

だけど、赴任してから半年間、ほぼ休みなく全力疾走を続けてきていたので、たまにはこんな日も必要かなって。
ちょうど日本から友達が来ていたこともあり、沢山笑っていいリフレッシュになりました♪

先週から活動には復帰したものの、練習に対して100パーセントのエネルギーを使ってしまい、
なかなかブログを書くエネルギーが湧かず…(言い訳w)
ですが、気持ちの整理も兼ねて、やはり最後のレポートを書き上げなければと思い、
今こうして文章を打っています。

今日は
【カンボジアに来て半年の私が、一人で海外遠征の引率をする話】シリーズ最終章!!
遠征の総まとめと、これからの取り組みについて書いていきます。

山積みの課題

今大会、一応全員が一種目以上はベストを更新することが出来たものの、
狙っていた種目でタイムが出せなかったり、
ここまで行けるだろう!と思っていたタイムに到底届かなかったり。
とにかく悔しい思いばかりでした。

私は首都プノンペンに住んでいるので、
あまり途上国という感じがしません。
(なんなら私が今まで住んできた街の中で一番都会です)
遅れている、と感じた事もあまりありませんでした。

それが、半年経ち、この大会でASEAN各国の選手たちと同じ舞台で競うとなったとき…
…ものすごいギャップを感じてしまいました。
日本との差はあるとはじめから心して赴任したから、そこまでギャップを感じなかったのか…?

水泳連盟としてきちんと組織化されていること
スイミングスクールが全国にあるということ
競技人口が桁違いに多いこと…

もちろん日本の方が水泳文化はASEAN各国より発展しています。
だけど、周辺の国と、ここまで差があるとは正直思わなかったのです。

私一人じゃどうしようもできない課題を、たった一人であの場で目の当たりにして、
正直毎日めっちゃつらかったです。
隣にカウンターパートがいたら違ったかな。
”こうしていきたいね、ここもこうしなきゃね…”
なんて話せるパートナーが欲しかった。

うーん、なんていうか、うまく言えないんだけど、
例えて言うなら、
ひろーい部屋に一人きりで、
見渡す限りの洗濯物に囲まれているような気分。

そのまま歩こうとしたら足に洗濯物が絡まってうまく歩けないし、
ひたすら足元から片付けていくしかないとわかっているんだけど、
終わりが見えない上に手伝ってくれる人もいない、、、

赴任して半年で、一番落ち込みました。
これまでの活動が順調すぎて、というより、本当の課題が見えていなかったってことかな。
それと、一人だったから余計。
いつもはカウンターパートやスポンサーさん、隊員の仲間など、
すぐ近くに胸の内を話せる人がいたから、支えてくれる人がいたから…。
どれだけ普段自分が周りの人に頼っているか、甘えているかがよーくわかりました。

山積みの課題に気が付くことが出来た
これは今大会を通しての大きな収穫でした。

見える可能性

そんな課題ばかりに目が行ってしまいそうな状況の中、
表彰式を眺めてて、今まで感じてたマイナスの感情なんて吹き飛ぶくらい、
もっと強く、強く、感じた思いー

”あそこに選手を立たせたい”

一年後、もし表彰台に教え子が乗ったら…
カンボジア国旗が上がったら…

想像するだけで、ウキウキ・ワクワクして、鳥肌MAX。
こういう力って、絶対何よりも強いんだ。
自分がいちばんよくわかってる。

水泳は、正直なスポーツ。
相手に左右されることなく、自分のやってきたことが、やってきた分だけ、全部自分の身体を通して表現される。

だからこそ、可能性は無限大。
弱者が強者に勝つからおもしろいんです。
勝てるわけないと思われているカンボジアの選手が、もし表彰台に立ったら…

実際に、出来ないレベルではないと私は思っています。
残り1年半弱で、教え子全員をこのレベルに引き上げることは無理ですが、
1人、2人なら、可能性はあると強く感じました。

協力隊活動では本来、結果は求められません。
だけど、競技スポーツは、”結果”が全てです。
それは協力隊でも一緒だと私は思っています。
自分が選手としてその世界でやってきたからこそ、
そう強く感じるのかもしれません。

結果が欲しい。
そう、こんなにも強く思ったのは、2年振りでした。
なんだか懐かしいあの頃の気持ちを思い出し、
またがむしゃらになれる日々を思うと、
ウキウキしてきました。

夢を繋ぐ

カンボジアに帰ってきて、
気持ちの整理と体調管理を含めて1週間のんびりしてから、
やる気100倍増しで現場へと復帰しました。

その頃、ブラジル・リオデジャネイロでは
4年に一度のスポーツの祭典、オリンピックの真っ最中でした。

だけどカンボジアのテレビでは放映がなく、
オリンピック期間なのに寝不足じゃない…
という初めての経験をしていました。
インターネットで観れないかとか、色々調べたのですが、
どうしても見つけられず…

それでも諦めの悪い私はどうしても、
大学の先輩、金藤理絵さんの人生を懸けたレースだけは観たくて、
日本のテレビを契約している駐在員の方のお宅で
朝から一緒に応援させていただきました。

日本選手権の時とは違い、
今回は4人で一緒に応援することが出来て嬉しかったです。
過去記事参照

結果は、見事、金メダル。
夢が叶った瞬間、
もう嬉しくて嬉しくて、涙がとまりませんでした。

この感動を、
今度は自分が届けたい。

オリンピックで金メダル!
とはまだ言えないけれど…

【ASEAN School Gamesで表彰台!】

繋いだ夢を大切に、また一歩ずつ前進していきたいです。

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自己紹介

生山咲

生山咲

1992年7月7日生まれ 母の影響でベビースイミングから水泳を始め、大学卒業まで22年間競技生活を続ける。 大学水泳部では女子主将を務め、2014年9月の日本学生選手権を持って現役引退。 2015年3月に東海大学教養学部国際学科を卒業し、平成27年度3次隊でJICA青年海外協力隊としてカンボジアに水泳隊員として派遣される。KHMER Swimming Federation(カンボジア水泳連盟)に配属され、ナショナルチーム及びユースチームの選手を指導中。